自分で自分の髪を切る

より良いセルフカットのための試行錯誤の記録

髪を切りに行きづらい

世界中で新型コロナウィルス感染症が流行して、日本では緊急事態宣言が出された。東京以外の多くの場所では既に解除されたようだけど、東京ではもう少しの間、不要不急の外出の自粛が要請されている。

そんな状況の中で、髪を切りに美容院や理髪店に行くという判断をするのはなかなか簡単なことではない。どれだけウィルスが流行しようと人間の髪は伸び続けるし、この状況下でも店を開けてくれている美容院や理髪店はある。それはとてもありがたいことでもあるが、そこに足を運ぶことにリスクが無いわけではないし、どうしても髪を切る必要性とリスクとを天秤にかけて行こうか行くまいか考える必要が生じる。そしてそれ自体が結構労力の要ることだったりする。

(それに加えて自分は髪を切りに行くたびに美容師の人と何気ない会話をしないといけないということが昔から結構苦痛で、そもそも美容院へ行くこと自体があまり好きではなかったりする。)

自分の髪を自分で切ること

それならば自分で切ってしまおうとも思うけど、髪を自分で切ることにも結構な心理的なハードルがある。

これにはおそらく二つの理由があって、一つには自分が髪を切るためのスキルをからきし持っていないため、そんな状態で自分で自分の髪を切ったら格好悪くなってしまって後悔するのではないか、というものがある。実際何年か前にも自分で試してみて、あまりうまくいかなかったという記憶もある。

もう一つは、セルフカットをすると美容師に怒られる、というものだ。以前セルフカットをしてから美容院にいったところ、「自分で切りましたか?ダメですよ〜」みたいなことを言われた記憶があるし、セルフカットをしたら美容師に怒られたという話も何人かから聞いたことがある。美容師からしたら自分で髪をコントロールしづらくなるみたいなこともあるだろうし、みんながセルフカットをするようになったら美容師の仕事は減ってしまうだろうし、セルフカットをしてきた客に怒りたくなるのもわからなくはない。

でも考えてみれば、髪は自分のものだ。自分の頭に生えていて、これは他の誰でもない自分の所有物だ。たとえ不格好になってしまったとして、自分でいじって何が悪いんだという気もしてくる。他の体の部位と違って、髪だけが(眉毛とかもそうかもしれないが)美容師にしかいじることのできないものとされているのは変な感じがする。

この先、いつまた感染症が流行したり、あるいは他の理由で髪を切りに行くことのできない状況が生じるかもわからないわけだし、自分の体の一部である自分の髪を自分でどうにかできるようになっておくことには一定の意味があるような気がする。それができるようになれば、自分の身体の中の自分の手で良くできる領域が増えるわけだし、大袈裟かもしれないが、より主体的に自分の人生をやっていけるようになることに繋がるのではないかという気もする。

そして髪を切る行為の経験値を自分で多少なりとも獲得することができれば、美容師の人が普段自分にしてくれていることにもっと多くの想像力が働くようになるかもしれないし、それがどれだけ高度なことなのかがわかって、美容師の人をちょっとだけ多くリスペクトできるようになるかもしれない。

というわけで、自分で自分の髪を切ってみることにした。

髪の切り方を編みだすまでの試行錯誤

自分で切り始める前に、まず美容師の人がどうやって髪を切っているのかをなんとなく調べてみることからはじめた。Youtubeで美容師がお客さんの髪を切ったりセルフカットをしたりする動画を見ていて、いくつかのことに気づいた。

以下は全くの素人の考えだし、後で書くが失敗も多い発展途上のやり方なので、もしこれを見てセルフカットを試す場合は「ここは自分で使えるな」と思える部分だけを参考にするようにして欲しい。

ブロッキングの重要性

どの動画でも、美容師の人は髪にハサミやバリカンを入れ始めるまえに「ブロッキング」をしている。ブロッキングというのはどうやらつまり、これから切るべき髪と手をつけないでおくべき髪を分けて、手をつけない方の髪をピンなどで留めて、ハサミやバリカンに触れないようにしておくための作業らしい。塗装でいうところのマスキングに近い概念かもしれない。これがうまくできていれば、いくら手がすべってもブロッキングした場所には被害が及ばないので、一人で散髪を進めるにあたっても重要な工程になってきそうだ。

均一に切ることの難しさ

美容師がお客さんの髪を切るときには、クシを当てながらすきバサミでジョキジョキ切っていく場合が多いような気がする。そうすることで、クシが手動ブロッキングみたいな役割をしてくれて、髪を均一の長さで切ることができるようになるのかもしれない。

でもセルフカットでは、自分の髪に自分でクシを当てつつハサミを扱うのは至難の技だ。鏡を見ながらやったら手がこんがらがってしまいそうだ。そこで、ハサミを使わずに均一の長さに髪を切るために、多くの工程をバリカンに頼ってしまうといいのではないかという考えが生まれた。

フィリップスには「セルフヘアーカッター」という、1.5cm〜数ミリまで長さを調節して切ることのできるバリカンみたいなやつがあったり、パナソニックとかにもそういう商品があるらしい。それを買って、1cmとか1.5cmとかで一定の範囲を切ることができれば、均一な長さに髪を短くすることができるかもしれない。

ただ全部の髪を1.5cmぐらいにするとかなり短髪な感じになるので、ブロッキングした内側だけバリカンで切って、ツーブロック的な状態にするのがお手軽かもしれない。ひとまず今回はそんな感じで、バリカンを使ったツーブロックっぽいやり方を試してみることに決めた。

背後を見ることの難しさと「モバイル端末2台システム」の発明

鏡を使えば自分の頭部の前面は見えるけど、半分より後ろは全く確認できない。三面鏡とか合わせ鏡とかを使えば後ろの方まで見えるようにはなるが、それでも自分の頭が邪魔だったりして難しさがありそうだ。

そこで閃いた。スマートフォンのカメラで自分の頭部の背後を撮影しながら、それを目の前においた別のスマートフォンで確認することができれば、自分で自分の背後をしっかり確認しながら髪を切れるのではないか。

幸い自分はiPhoneとiPadを持っていたので、2台でビデオ通話をさせた状態で背後を確認しながらやってみることにした。

用意したもの

用意したものは、大体こんな感じ。

  • フィリップス セルフヘアーカッター
  • 無印良品 髪用すきはさみ
  • 無印良品 髪用カットはさみ
  • ブロッキング用のクリップ(足りないとやりづらそうなのでAmazonで12本ぐらい買った)
  • iPhone
  • iPad

その他に、iPhoneやiPadを固定するためのスタンド(家にあった撮影用のストロボとか固定するやつ)や、空間を明るくするためのライト(これも家にあった撮影用のやつ)などを使った。このあたりは家にない人のほうが多そうなので、参考にする場合は何かで代用してみてほしい。

実際に切る

髪を切るとあたり一面髪の毛だらけになってしまうだろうから、風呂場でやることにした。風呂場であれば、排水口に髪をキャッチしてくれる機構がついているので、全部流してそこに溜まったやつを捨てれば簡単なんじゃないかという算段だ。

まずは風呂に「モバイル端末2台システム」を導入する。

ビデオ通話なので実際に手を動かしたタイミングと映像にそれが反映されるタイミングに0.5秒ぐらいタイムラグが生まれるが、それ以外は全く問題なく背後を確認することができる。自分の頭が邪魔でイライラすることもない。これはもしかして世紀の大発明なのではないか……。

風呂場の自分の目の前には普通の鏡もあるので、前を向いたまま前と後ろを確認できる仕組みができあがった。

モニタを見ながら、髪をブロッキングしていく。鏡を見たりモニタを見たりするので、クリップがどっちに開くのかわからなくなり混乱して、頭部の左右で対照になるようにブロッキングするのがなかなか難しい。

クリップと髪との格闘の果てに、なんとかこれでいけそうという状態になった。結局クリップは8本ぐらい使ったので、多めに買っておいてよかったと思った。

ブロッキングした以外の場所を、バリカンで1.5cm〜1cmぐらいに刈っていく。フィリップスのセルフヘアーカッターはバリカンの方向が180度回転するので、背後でも扱いやすい。

思ったよりすごい量の毛が落ちるので、たぶん全裸でやったほうが後片付けが楽だと思う(写真を撮影するために服を着たままやった。)

ブロッキングした下の部分を刈りおわったら、ブロッキングを戻して、ブロッキングしていた上の部分をすきバサミで短くしていく。

バリカンで下の方を刈るだけで大分スッキリしたので、これだけでもやる価値があったなという気持ちになった。

すきバサミはやはり均一な長さに切れないので、扱いがとてもむずかしい。

モニタで同じ位置ばかりを見ていると立体感がつかめないので、こまめに頭を回転させて立体的にどうなっているのかを確認するのが大事だと感じた。

最後に前髪を切っていく。ここまで来ればもう背後は確認する必要はないので、ひたすら鏡と向き合いながらすきバサミでジョキジョキしていく。

散髪を終えてみて

すきバサミの扱いが難しい

モバイル端末2台で背後を確認するシステムは思ったよりちゃんと使えて、バリカンの工程までは非常にいい感じで進めることができた。

しかし問題だったのは、すきバサミの扱いの難しさだ。切れる部分と切れない部分があるので、これだけで髪の長さを短くしようとすると変にギザギザした感じになってしまう。ギザギザ部分を整えようとしてまたすきバサミを入れると、今度は切りすぎてしまう。そんなこんなの繰り返しで、後半はあまりうまくいかなかった。

これをちゃんとコントロールして扱える美容師の人は本当にすごい。(全くの素人なので当たり前だが)自分でこれだけ時間をかけてやってもこの結果なので、髪を切って見た目を格好良くするということに必要な技術の量を想像すると気が遠くなる。

引き際が重要

今回実際に自分で自分の髪を切ってみて痛感したが、セルフカットの際には引き際が重要だ。髪は粘土みたいに自在に足し引きができる素材ではなく、引くことしかできない。基本的にすべての変更が不可逆だ。自分の理想に対して完璧ではないからといって、もうちょっともうちょっととハサミを入れていくと、結果切りすぎて取り返しのつかないことになってしまう。こんなもんかな……と一回ハサミを止めてみることが、自分のような素人がセルフカットをする際の最大のコツなのかもしれない。

また自分でやるだけなので、後日いくらでも調整ができる。初日ではそこまで追い込まず、日を追うごとにちょっとずつ調整していくような運用もできるのが、セルフカットの利点だと思う。

これはこれで良い、ような気もする

自分で自分の髪を切るまで、自分はほとんど散髪のための経験値を持っていなかった。そのためあまりうまくいかない部分も多かったし、結果的に美容師の人に切ってもらったときほど格好いい感じにはならなかった。

しかし今回の試みで、次回はこうしたらよくなるかもしれないという仮説を自分の中でいくつか立てることができた。これは間違いなく自分で実際に手を動かさないとわからないことだったし、髪という自分の身体の一部に対する理解が、それ以前よりも確実に深まった。これを繰り返していけば、自分の力だけで自分の髪を、しっかり格好良くすることもできるようになるかもしれない。

そして美容師の人にやってもらったほど格好良くはならなかったものの、これはこれで全然良いじゃん、とも思うのだ。

自分の見た目を良くしていく過程において、一番重要なのは自分自身で納得できるかどうかだと思う。自分で自分の髪を切って、それに自分で納得できれば、誰が何と言おうと関係無いのだ。

すごく不格好になることはなかったし、自分の髪についての理解も深まったし、こんな状況下でも散髪ができたし、色々やってみて楽しかったし、全然これで良い。パーフェクトではなくても確実にイナフな状態になることはできた。

パーフェクトな状態を志向するのではなく、どこがどこまでどうなっていれば自分は満足し快適な心持ちでいることができるのか、というイナフのラインを自分で模索する試みにも美容の楽しさはあるし、その点で自分で自分の髪を切るという行為は、自分の中でとても意味があるものだった。

この記事はあくまで素人が暗中模索をしている過程でしかないので、美容師や専門的な知識のある人から見たら間違った記述があるかもしれない。今後もやり方をブラッシュアップしていきたいので、もし何かもっとこうしたほうがいいみたいなものがあれば「#冷凍都市でも死なない」のハッシュタグをつけてツイートしたりなどして教えていただけたらとても嬉しい。

冷凍都市に暮らすピクニックピーポー @ktzgw