爪をいい感じにする

ネイルが人生に入場してきた

わたしはいかにして爪を塗ることに興味を持つに至ったか

マニキュア、ネイルアート、ネイルケア、ネイルサロン。そういうものは主に女性のものだ、みたいな雑な認識があった。(自分は20代の男性で、日本の東京都に住んでいる。)

男性でも爪を塗ったり、何らかの装飾を加えている人がいるのは知っていたし、それはそれで良いなと思っていたけど、自分にはあまり関係のないもののような気がしていた。

その考えが「あれ、爪塗るの結構良いのでは」に変わったきっかけは、自分の二人の友人(山2 @b2_30 とおしこまん @osicoman 、どちらも男性)が爪を塗っていて、塗った爪の写真(や、塗った爪が写り込んでいる写真)をツイッターに投稿していたのを見たことだった。

正直なところ、一般的には女性の領分とされているものに自分が手を出すには、それなりに勇気が要る。「メンズコスメ」とか「メンズネイル」みたいなものは世にたくさんあるけど、(本来女性がやるやつの)メンズのやつ!という前提が暗黙のうちに示されているような気がして、ちょっと意気込まないと手を出せないような気がしてしまう。

でも山2とおしこまんは、選ぶ色や楽しみ方こそそれぞれ違えど、あくまで自然に、服やアクセサリーを選んだり、スマートフォンにお気に入りのカバーを着けたりするみたいに、普段の生活の中に爪を塗ることを取り入れているように見えた。そして、二人ともその様子がとても楽しそうで、服装やその人の持つ雰囲気に爪が似合っていて、見た目としても「かっこいいな〜」とか「かわいいな〜」と自然と思ったのだった。

インタビューすることにした

彼ら二人が爪を塗っている様子を見て「自分もやってみたい」という気持ちが起こったが、なにせネイル関係のことを何も知らない。そもそも二人はなぜどういうきっかけで爪を塗りはじめたのだろう?そして普段どんなふうにそれを楽しんでいるのだろう。

普通に二人を呼んで個人的に話を聞いてもよかったが、他にも同じように「なんとなく爪を塗ることに興味があるけど何もわからん」みたいなことを思っている人がいるかもしれないと思ったのと、インタビューとしてもおもしろくなりそうだと思ったので、「屋上」でライブ配信のイベントとして開催することにしたのだった。

爪いい感じにしたい会議の宣伝ビジュアル

以下に、そこで二人と話したことを抜粋してみる。
全編はここで観ることができる。

「爪いい感じにしたい会議」でのインタビュー

インタビュアー:
野口(この記事の筆者、「屋上」をやっている)

インタビュイー:
おしこまん(埼玉県在住の会社員。「osicomagazine」を制作していたり、「ジャン談」というポッドキャストをやっている。)
山2(黒木契吾、フリーランスのデザイナー。)

服やアクセサリーの延長としての爪

野口(筆者): 二人はなんで爪を塗りはじめたの?

おしこまん:
僕はもともと男性のメイク全般になんとなく興味があって、ここ数年そういうの許されてきてる感じあるなと思って。一人で思っているだけで踏み込む勇気はなかったんだけど、ネイルは自分にあってるような気がしたんだよね。

もともとポップな色のものが好きだから、自分が求めていたものはメイクというより「キラキラしたい」とかなんじゃないかと思って。 黄緑色のリップはあまり無いけど、マニキュアなら色々あるぞと思って。

あるとき友達とデパートの上の方にあるカフェでお茶してる時にそんな話をしたら「ここの2階と3階コスメ売り場やん」ってなって、今から行こう!ってなって。
その時に色々連れていってもらって、めっちゃ女性向けのかわいらしいやつから、シュッとした中性的なものまで見て、自分でもいけそうなやつあんな〜と思って買ってみたのが一年ぐらい前。そこからやるようになった。

野口: たしかに爪って、他の体のどの部位よりもいろんな色にできるよね。山2はどう?

山2:
もともと服が好きなんだけど、大学に入ったぐらいのときは民族衣装が好きで、民族衣装だとスカート的なものがあるじゃない。 暑い地域だと熱がこもっちゃうからスカートみたいな形の服が多かったりして。 だったら自分もスカート履いていいんじゃない? と思って、女性用のアイテムを男性として普通に着るようになって、 ハイヒールとかも買ってた。そのときに、それぞれの体の形が違うことによる組み合わせが面白いなと思って。ネイルもその延長で2年前ぐらいにはじめて買ってみた。

それで塗りはじめて、これまでの服とかのコンセプトのノリで、おれは無彩色のやつを服の延長で全体にあわせて塗るのが好きだから、こんなふうになってますっていう。

野口: 山2は服の延長で、全身の中で爪をどうしたいかを考えて塗っている感じがするけど、おしこまんは爪をどうしたいかが最初に来ている感じがあるよね。

おしこまん:
服とあわせる楽しさも後からわかったけど、最初はモノトーンの服装でも、爪だけ派手にしてやろうみたいな、そういうノリだった。ラッパーがめちゃ太いチェーンのネックレスをつけるみたいな(笑)そういう感じあるかも。アクセサリーつけるっていう感じはあるね。

爪を塗ることで自分が楽しくなる

野口:爪を塗りはじめてから変わったことってある?

山2:
生活のなかで「でもおれ塗ってるしな」と思えるようになった。 なんかちょっと一歩引いているというか……。意識の中に楽しいところが必ずあるなというのがあって。大体の動作のときに手って見えるから「あ、自分爪塗ってんじゃん」みたいな。

野口: 自分で楽しくなれる?

山2:
そうそうそう。

おしこまん:
俺も普段家で仕事してて、大体WEB制作の仕事してるんだけど、ずっとキーボード叩いててたまに手元みると「お、ええやん…」みたいな。

山2:
俺もずっとキーボード仕事で、明るい色のを塗ってると、キーボードの上で唯一色がついているのが手になるから、「めっちゃ踊ってるやん」と思って。

野口: 出かける時につける良さもあるけど、一人で過ごしているときに自分が楽しくなれるか、みたいなところでも良さがあるんだね。

おしこまん:
ベタな言い方だけど、自己肯定感結構高まると思うよ。まあ高めようと思って塗ってどうなるかわからないけど、「楽しそうだな〜」ぐらいの気持ちでやってたら、意外と自分を大事にできるようになってきたぞ……みたいな。オシャレとかしてもいいんだな、みたいな気持ちになるね。

実際に塗ってみて感じた「楽しさ」と「浮足立った感じ」

イベント当日に塗るためにめちゃくちゃ緊張しながら買いに行ったTHREEのネイルポリッシュ

このイベントでも実際にその日買ったマニキュアをその場で塗ってみたが、乾燥が不十分だったため、帰宅途中に部分的にグニャッとなってしまった。しかしこのイベントを通して自分の認識は「あれ、爪塗るの結構良いのでは」から「爪を塗るのは楽しい!」という確信に変わっていたので、程なくして他の色のマニキュアを買ったり、自分で塗ってみたりした。イベントを企画するにあたって感じていた、当日イベントを楽しくできても、その後も自分で爪を塗るかどうかは正直わからないという不安は全く当たらずに、スッと自分の日常の中に入り込み、思いのほかしっかり定着したのだった。

「爪いい感じにしたい会議」で山2やおしこまんが言っていたように、確かに爪が塗ってある状態だと、常にちょっと楽しい気分でいることができる。キーボードを叩いているときも、水の入ったコップを掴んでいるときも、スマートフォンを操作しているときも、視界の端々に鮮やかな色が入り込んでくる。指を動かすと、色も一緒に動く。わざわざ鏡を見たりしなくても、普段どおりに暮らしているだけで、自分の体の一部が、自分が魅力を感じ選択して自分で塗布した色で覆われていることを確認することができる。どこにいて何をしていても、爪を塗っていることによる楽しさが付加されて、楽しさの基礎ポイントが底上げされているような感じがする。楽しさ+5の装備アイテムっぽい。

そしてそれは、確実に自身の内面にも影響を及ぼしていると思う。普段の生活の中で、自分で自分をいたわったり、肯定したりできるような場面というのは意外と少ない。でも自分で自分の爪を好きな色に塗っている時間は、紛れもなく自分が自分のためだけに費やしている時間という感じがするし、それは自分で自分を精神的に肯定することに繋がる。おしこまんが言っていた「 ベタな言い方だけど、自己肯定感結構高まると思うよ 」という言葉が自分にもしっかり当てはまることを、身をもって体感した。

もうひとつ爪を塗りはじめて感じたのは、出かけるたびになんとなく浮足立った感覚を感じる、ということだ。

自分は購入する衣服には一定のこだわりを持っているが、普段は大体いつでも同じような服装で外出することが多い。アクセサリーもほとんど身に付けることがない。自分で自分の見た目を良くしようと普段から色々な工夫をしてはいるけど、人の目を引くような要素はあまりない状態でいることが多い。無意識のうちに、そのほうが自分にとって快適だと思ってそうしている部分があったのかもしれない。(それは自分の趣味趣向以外に、自分が日本の社会の中で男性という性に属していて、社会がそのような形になってしまっているために、普段から容姿について人からジロジロ見られたり、値踏みされたりする機会を多く持つことなく過ごすことができている、というところにも理由があるのかもしれないが。)

しかし爪を塗って外出してみると、なんとなくまわりの視線が気になる。友達に会うと、「その爪良いね」みたいなことを言ってもらえたりもする。幸いなことに奇異の目で見られるみたいな経験はいまのところ全然無いのだが、自分で自分の爪を塗っていて、それがまわりの人から見られたり、話題にあげられたりする可能性があるという状態はかなり新鮮な感じがした。そこで自分は、長らく「オシャレ」をしてなかったな、ということに気付かされたのであった。

世の中の人があまりしていない服装をしたり、自分に似合うかどうかわからないけど魅力を感じるものを買って身につけてみたり、そういったことをもう随分としておらず、これを身に着けていれば快適に過ごせるという確信のあるものばかりを身に着ける生活を送るようになっていた。

でも、その浮足立った感じというのは、意外なことにあまり嫌な感じはない。不安と楽しさが入り混じったような、不思議な感覚だ。ただその辺の道を歩いているだけでも、いつもよりほんの少しだけ緊張感やワクワク感があって、それは落ち着かないけど楽しい。これは「楽しさの基礎ポイントが底上げされているような感じ」にも繋がってくるし、自分で手を出しているわけなので順序が逆のような気もするが、確かにおしこまんが言うように「オシャレとかしてもいいんだな」という気持ちになることができた。

今はまだ爪を塗ることをはじめてそれほど時間が経っておらず慣れないことをしているからそう感じられているだけ、という部分もあるかもしれない。でもこの体験は、長らく冒険的なオシャレをせず、無意識のうちにあんまり人から容姿を見られたり言及されたりすることのない存在として自分を位置づけていた自分の価値観を揺さぶって、自分も自分や他人からよく見られるために自分の見た目に手を加えても良いんだな、そしてそれは結構楽しいことなんだなということに気づかせてくれたという点で、それ以降の生活を過ごしていく上でのささやかな、しかし重要な転換点になったような気がしている。

外出できなくても、爪を塗るのは楽しい

いま世界は新型コロナウィルス感染症の流行のせいで、外出をしたり、そのために容姿に手を加えて楽しむような機会が減ってしまっている。それでも爪を塗ることの楽しさは、家から出なくても十分体験することができるし、こんな状況の中でも自分の生活を楽しく快適で充実したものにするために、結構役立ってくれるような気がする。

むしろ外出しない分、自分が見て楽しめれば良いと割り切って、好きな色を思い切り使えるかもしれないし、人から見られるのはハードルが高いけど爪を塗るのをこれからはじめてみたいという人には、またとないチャンスかもしれない。(自分も、人に会わないのを良いことに、ちょっと挑戦的な色を試してみたりしている。)

この記事を読んで「自分も爪を塗ってみようかな」と思ってくれる人が一人でもいてくれたら嬉しい。

冷凍都市に暮らすピクニックピーポー @ktzgw