おやすみロボット ネモフが生まれるまでの話 前編

ネモフは「ねむりのおとも」をコンセプトに開発されたもふもふのロボット。
以前「死なない仕事のつくり方」でインタビューさせていただいた、光線さんのぬいぐるみがデザインの元になっています。
ロボットなのにあんまりハッキリしたことは教えてくれないし、なんだかよくわからないねぼけたことばかり話すし、なによりモフモフでやわらかい…。
ロボットというか、光線さんの作る、毛むくじゃらのいきものがそのまま動いてるような、ちょっと不思議な気持ちになります。

そんな少し寝ぼけたおやすみロボット「ネモフ」がひとつの製品として世に送り出されるまでに、いったいどんな人が関わり、どんなふうに命が吹き込まれていったのか?
その過程を、制作に関わった当事者にインタビューしてみることにしました。

前編となるこの記事では、ネモフを作った会社のCEOであり、ネモフ開発の発起人、美馬直輝さんに話を伺いました。

◎美馬直輝さん
パルスボッツ株式会社 代表取締役CEO

ネモフ開発のきっかけ

会社に出入りしている、高齢で一人暮らしの掃除のおばちゃんがいるのですが、彼女と話しているときに、喋り相手が欲しいという話を聴いたのがはじまりでした。

会社に置いてあったスマートスピーカーを見て、「これ、お話しできるんでしょ?買おうと思うんだけど可愛くないのよね〜」と。
うちの社員が、この子はどうですか?この子もしゃべるんですよ、と会社に置いてあったロボットを見せて、「あらかわいいわね、おいくらするの?」「20万円です」「買えないわね〜」という…。

確かに考えてみると、お話しできるロボットっていくつかありますが、どんなに安くても10万切ることはなくて…。
一方で、スマートスピーカーが売れ始めていますが、それは可愛くない。
その間を埋めることができるんじゃないかなってやり始めたっていうのがきっかけですね。


ロボット作りのルーツ

– その前にもロボットを作ること自体は考えていたんでしょうか?

考えていなかったっていう方が正解ですね、どちらかというと。
ネモフを作る以前は、他社製品のロボットのコミュニケーションの部分を作っていました。

でも、「ロボットなんだけど、ソフトウェアでコミュニケーションで」って人に言うと伝わりづらい。
だったら、もう自分たちのロボットを作っちゃった方がわかりやすくなるな〜ということを思ってた部分もありますね。

– 自社で企画から制作までやったっていうのは初めてなんですか?

そうです。
ハイジ・インターフェイスという会社を9年前に立ち上げた時に、インターフェイスっていうくくりではじめて。

個人的なところまで紐解くと、僕、こう人が苦手なところがあって、人嫌いだと思ってたら、意外と人生の重要な選択肢で人がいる方を選んできてて。もっと人のこと知りたい、近づきたい、仲良くなれるようになりたいみたいなのがあって、それがインターフェースって言うところのテーマにつながっていて。

僕が会社を始めた時は、携帯のUIを作ってたんですけど、携帯って2年は買ったら使うじゃないですか。その2年間を想像するんですね。使う人が2年間どうやって使うのかっていうところで、人のことを考えることにちょっと近づいて。
5年くらいやったところで画面の世界に飽きてきて、その時にペッパーの発表があって手に入れて、これはすごいぞと。
画面の世界よりも体感的で統合されたインターフェースだし、それゆえに作るのが大変だなと。
間違いなくもっと使う人のことを考えるなと思ったので、これは面白いなと思いました。

ハイジ・インターフェイスも波に乗ってきてたタイミングだったんですが、僕の中でロボットをやりたいなという思いが熱を帯びてきたので、別の会社として、ロボットの事業をはじめました。
画面作りで人のことを想像して、ロボット作りでもっと人のことを想像して、その次はいよいよ直接人と向き合うみたいなところに行ければいいなっていう。個人的な話でいうと、そんな話があります。

光線さんとの出会い

可愛いというのはすごく重要なキーワードだな、と思っていた時に、本多ちゃん(ハイジ・インターフェイス社員)が会社のデスクにホコリちゃんを置いてるのを見て。

ぬいぐるみ作家 光線さんのぬいぐるみ「ホコリ」

サイズ感とか、シンプルさとか、ふわふわな柔らかさとか、もうこの子がスマートスピーカーくらいの感じでおしゃべりできたらいいんじゃないかなと思って。

– ぬいぐるみ自体喋らないこと当たり前で、でも名前つけてたりするじゃないですか。それが喋ってくれるの嬉しいっていう気持ちを持つ人は多そうですね

最初光線さんに会うことになって、まさにそこの確認からでした。この子たちは喋っていいんですか?と。
そこで喋らないですって言われたら難しいなって思ってたんですけど、「喋らなくもない、喋ってくれたらいいなと思ってます」というところから始まって。その時のイメージを光線さんにプレゼンするためのデモを作りました。

プロトタイプの制作

まずパソコンで音声を作って、ホコリちゃんの下にスピーカー置いて、プロトタイプを作りました。それが昨年の一月ですね。

– すごいスピード感ですね、

光線さんに積極的に関わってもらえるという話になって、ロボットは光線さんの作るぬいぐるみのキャラクターで行こうと決めました。
最初はホコリちゃんベースで考えてたんですよ、この子を喋らせようって。

これが初期の試作です。

ラズベリーパイとマイクとスピーカーとバッテリーをつなげて、言葉をオウム返しするっていうプログラムを書いて。

これは光線さんのじゃないけど、ひとまず会社の別のデザイナーの人にぬいぐるみを作ってもらって、この中に初期の試作をめりめり入れて。並行してエンジニアの佐藤さんに週末だけ手伝ってもらって、動きの部分の試作を始めていました。

それから、このロボットがどういうものになるのかというイメージをみんなで共有できるものがあったほうが良いなと思い、とりあえずコマ撮りアニメで映像を作ってみようと思ったんですね。コマ撮りアニメ用に一個一個動かない絵を撮って…。

Sabi&Mel

最初は「sabi」というプロジェクト名でした。
寂しさを癒す、からとって仮でsabiという名前を決めて始めました。

バッテリーで動かそうと思っていたんですが、このサイズでやろうとするとバッテリーが小さいからすぐ充電が切れる。じゃあモバイルバッテリー的な充電役を作ろうって。

それがメルちゃんという名前で、しかも暖かいみたいな。おしゃべりすることができるのと充電ができるのとで、「Sabi & Mel」=寂しい時を温める、という。それぞれ一個一個でも起動するし、補い合えるというコンセプトで進んでいました。

結局このコンセプトは技術的なハードルで今回は断念したんですが、いつかは実現してみたいですね。

サイズの問題

この段階でわかったのは、動きの機構だけでもホコリのサイズだと難しいということでした。それで全体のサイズをちょっと大きくすることにして。マジックテープで底が開くようにとか背中がチャックで開くようにとか、光線さんにオーダーして、試作を重ねてもらいました。
それとプロジェクトの初期メンバーだった佐藤さんが足の動きの部分だけ作ってプロジェクトを外れなきゃいけなくなったので、メカの方は自分たちでなんとかすることになりました。

光線さん試作

底つき感

足の機構に基板が生々しく乗っかって上の部分がむき出しだったので、ちょうど良さげなサイズの卵型のプラスチックをハンズで買って、半田ごてで穴開けてスピーカーくっつけて。マイクとか電源とかもべたっとくっつけて。

これが原理試作みたいな、2つ目の試作です。

これをぬいぐるみに入れて試したんですけど、ここで大きな転換が一回起きたんですね。これもそうなんですけど、硬さがどっかに出るなという。丸ごと入れて触ったときに、硬いっ!可愛くない!って。

これは「底つき感」っていうらしいです。底つき感が強いと、それだけで可愛くない。ちょっと握ってみてもらうと・・・カッチカチですよね、これはダメだっていうのがわかって。

この頃に、値段も2万円に収められるか否かという状況が見えてきて、それだと光線さんのぬいぐるみの10倍以上になってしまう。そうなったときに、大きいものと小さいもの、これとこれでどっちも2万円ですっていったら大きいほうが納得するんじゃないかなとか。

「底付き感」も解決できるし、大きいサイズで行こうという転換をはかりました。

ねむりのおとも

この頃「ねむりのおとも」という方向性が決まり始めました。眠りにテーマを集約すると、色々まとまりそうだぞと。

「ねむりのおとも」として、羊、猫、犬、3つのバリエーションを想定して。この時点で、時間を教えてくれるとか朝起こしてくれるとか、今の機能に近づいてきた感じですね。それから、コンセプトを「ねむりのおとも」に決めた時点で、声の要素が大切だなってなって…。

読み聞かせがメインコンテンツなので、音声合成ではなく人の声を使うことにしました。プロではなくあえて社員の女性の声に決めて、その人がいい感じのお話も書いてくれて。

ネーミングで悩んでいた時、コピーライターの田辺ひゃくいちくんに会って、あれこれ伝えて出てきたのがネモフという名前と「ねぼけたことはなそ」というコピーです。めちゃくちゃしっくりきて、それからコンテンツの制作がはかどりました。

工場とのやりとり

オカダヤ行って、3種類生地を選んで、ぬいぐるみの製造会社に試作をお願いして最初に上がってきたのがこれです(笑)。

モフモフしていてつぶらな瞳のぬいぐるみだけどなぜかかわいくない・・・

わりと有名な会社で、話もトントン拍子に進んで、「バッチリできました!」みたいなノリで上がってきたのがこれだったので、おっと、やべえぞ〜…と。そもそも型紙から間違ってて。中国の工場でサンプル作ってるんですが、間に立ってる人が「何が違うの?」っていうテンションで。「型紙から明らかに違う」っていうのを3回くらい主張して、そこから大変でしたね…。

もともと1000台作ろうと考えていたんですが原価が高くなってきて、1000台売り切れる計画がどうしても立てられない。そもそも1000台売っても元が取れるか微妙っていうのが見えてきて。どうせ赤字なら売り切れる数にしようと思って150台作って100台売ることにしました。150台で受けてくれるところとなると、ぬいぐるみ業者も探し直し。『素材支給の国内製造で受けてくれるところ』で探して、大阪の会社が受けてくれることになりました。

若手クリエイティブチーム

最初、チームの中に女子は光線さんだけだったんですが、発表に向け撮影やデザインのフェーズが発生してきたときに、関わっている人たちが「あれ、みんな20代前半女子だ」って気づいて。

この商品がこの頃には20代、30代の女性をメインターゲットに、と思っていたのもあって、僕がこうしてくれああしてくれってやるよりも、彼女たちの感覚でよしと思えるもので前に進めていくのがいいだろうなと思いました。若手チームは4人で、光線さんはぬいぐるみの試作、本多はデザイン周りとアニメーション、BOHちゃんがイラスト、近藤さんはネモフの最終的な足の動きの調整をしてくれてるのと、もふもふの歌を作って歌ってくれてたりとか。

最終的に「可愛い」の感覚値はこのメンバーで共有しながらですね。

販売に向けて

ネモフの発表会を10月15日にFabCafeでやって、広報の三澤がパジャマを着てデモをしたり、眠りの研究をされている鍛冶さんという方と対談をしました。この日の昼にMakuake‎でクラウドファンディングがスタートしてどうなるかなって見守っていて。最初の伸びで50台くらいまではいったんですけどそこで止まったんですよ。初日はこんなもんかな、頑張ったら残りの半分もいけるかなって思ってたら、この発表会の記事がライブドアニュースに載って、ツイッターで拡散されて、ソールドアウトしたのがその日の夜中2時くらいかな。

発表会だけで売り切れるかわからなかったので、翌々日から始まるロボット系の展示会で実物を触ってもらってさらに売ろうという保険をかけてました。4日間触られまくった結果潰れたお団子みたいになって…。展示会に出したことで、ネモフがどんな風に触られるか分かったのはよかったですね。発表会から発送までの間も色々細かい調整がありました。モーターと足のところを繋いでる設計の問題で何度も使っていると足が出てこなくなるとか、熱を持っちゃうだとか見えないところの調整が結構あって。

尻尾の部分は最初、白い線を大量に発注してたんですが、黒い子はここも黒じゃんと思って返品して発注し直しました。

あとは、量産段階の試作で上がってきたハードに対して最終的なソフトウェアのチューニングをして。そして、量産に向かって計画を立てていきました。

まずぬいぐるみの量産で上がってきたものに対して光線さんに3日かけて目の上のところをカットしてもらって。床屋さん笑

手作業でネモフの目の上の毛をカットする光線さん

まずソフトウェアのコピーをしてから組み立てに入ります。サーボモーターとか電源の組み立てとかもめちゃめちゃ手作業。サーボモーターに個体差が結構あって不良品も混じっているので、全てサーボつなげて治具に固定して、音で不良品かどうか見分けたりとか。 並行して箱も一個一個手作業で作って…。電源つけてテストして正常に動いたものを箱づめしてラベル貼って伝票貼って出荷。

2日で20台の計画を立てて、2日目の昼前、このままいけば出荷できるなって思った瞬間に涙が止まらなくなっちゃってしばらく泣いてました。

箱にみちみちに詰まっていて可愛いネモフ


ラベルに描かれたネモフの色は中に入っているネモフの色によって違う、細かいこだわり。
ネモフとともに同封されているシールとサンクスカードと説明書

みんなが自分ごと化する

– 作るまでの過程を伺って、社内の人が縫い物やったり声をやったりお話を作ったり、専門でないことも含めて自分たちでやっているなという印象を受けました。

 

制作会社としてやってきている経験があるから、できることは自分たちでやろうと思ってたし、結局その方が自分たちのいいと思えるものが作りやすい。探り探りアイデアを出し合いながら、ネモフというキャラクターがこんな感じなのかな、というのを続けてきてますね。 みんなが自分ごと化して関わってくれているからこそここまでこれたと思うし、僕の中ではやりきる強い意志というのを持ってれば、あとはもうみんなと一緒にやってるうちに見えてくるという流れでした。 ロボットには、作ったり育てたりする人の人格が投影されるものだなあと思います。

だから、ただ機械として、製品として、という作り方をしてしまうとちょっと。それでいうとキャラクター性を持ってない工業製品もそうだとは思うんですが、キャラクター性を持っている製品はなおのこと作る過程での人の愛情の込め方というか出てきちゃって。そんな簡単には出てこなかったですが笑

前編となる今回の記事では、美馬さんの視点からプロジェクトの全体を語っていただきました。
後編の記事は、プロジェクトに関わった人々14人による座談会方式のインタビューです。