路上園芸花見をしよう

墨田区の路上園芸スポットで花見をする

路上園芸

道を歩いていて、自分の家の敷地から少し道路にはみ出して置かれたプランターや植木を見かけることはないだろうか。きっとそんなに珍しい光景じゃなくて、日本中あちこちで見ることができるはずだ。こうした路上園芸は海外ではあんまり見られないらしく、園芸を楽しむには充分な広さの庭がない、日本独特の文化だという話を聞いたことがある。

そうした、ちょっと道にはみ出している園芸のことを路地園芸とか路上園芸とかって呼んだりするらしい。路上園芸は、よく手入れされているものから、ただ伸びすぎちゃった、みたいなものまで色々だけど、見る人を楽しませようっていう気概みたいなものを感じる。街を歩きながら見る路上園芸は飽きない。それは、もはや「鑑賞物」の域に達しているといっても良いだろう。

墨田区と路上園芸

「墨東日記」というライター・イン・レジデンス(ライターが一定期間滞在して、記事を書く)の企画に参加して、墨田区の街をたくさん歩いたのだけど、路上園芸がやたらと多いことに気づいた。
理由を考えてみたのだけど、街の空間の公私の境目が曖昧なことが大きく関係している気がする。
墨田区、特に京島のあたりの細くてくねくねと入り組んでいる道は、地元の人でも迷ってしまうとか。ドンツキ(行き止まり)も多いので、ドンツキを研究する組織、ドンツキ協会なるものが存在していたりもする。ドンツキの手前にある道や、車が通れないほどの細い道は、その道沿いに住んでいる人しか使わない。そうなると、道が自宅の延長線上みたいな感じに思えてくるのかもしれない。
面白いのは、同じ道の上で一つの家だけが路上園芸を頑張っているのをあんまり見かけないこと。これはすごいぞ!という路上園芸をひとつ見つけると、道沿いの他の家にも同じくらいすごいやつを見ることができる。そこには、謎のグルーヴを感じてしまうほどだ。さっき、道が「自宅の延長線上」みたいな感じ、という言葉を使ったけれど、もしかしたら、「その道沿いに住む人たちの共有の庭」的な感覚の方が近いのかもしれない。

壁を上手に使っている
高さを利用してスペースを確保する、狭い路地ならではのスタイルだ

背の順だ!かわいい!

路上園芸花見

花を観賞するといえばお花見だ。
お花見は桜の季節にやるものだけど、路上園芸を観賞しながら、お酒を飲む=路上園芸花見なら、いつだって楽しめるんじゃないだろうか?

鉢on鉢

ランダムに配置されていているようで計算されているのかな

歩いているとだんだんお花見スポットに対する嗅覚が鋭くなる
車が通れない道の方が、路上園芸が盛んな傾向がありそう

線路ギリギリ

路上園芸花見をするときに気をつけたいこと

すごく当たり前のことだけど、他人の家の前で騒いだり、大人数で長時間たむろしたりするのは迷惑だ。

だから、路上園芸花見は
・少人数で
・一つの場所にとどまらないで
・静かに

やるようにしよう。

お花見って、最初の1分だけ花を見て、「あ〜綺麗だね〜」って言いあって、写真を撮ったら、あとは「酒を飲むぞ!お弁当を食べるぞ!」ってなることが多いと思うんだけど(それはそれで最高)、路上園芸花見では馬鹿騒ぎできないから、かなり本気で花を観賞することになる。花はそれぞれの家によって独特のキュレーションがなされているので、お花見会場を移せば(数メートル歩けば)、また新鮮な気持ちで花見を始められるというわけだ。季節によって、花のメンツが変わっていくのも楽しみといえる。

視点をあげたところにも色々ある

今回は夜にお花見をした。夜にする路上園芸花見では、街灯のライティングも楽しみの一つだ。

お酒を飲んで、踊り狂って歌って笑って、何がなんだかよく分からなくなるような花見のことも大好きだ。けれど、少人数で息を潜めて花を見て、酒をゴクリと一口、あうんの呼吸で次の場所に移っていく…
そんな花見もきっと楽しい。

この記事を書いた人

郷田いろは

渋いギャル

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